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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)203号 判決

原告

株式会社坪井カバン製作所

被告

株式会社三協総業

外3名

主文

1  被告株式会社三協総業は登録番号1301896号の実用新案権に基づいて、被告薗部照夫、同薗部喜弘、同薗部秋夫は登録番号第1147351号の実用新案権に基づいて、原告が別紙目録記載のランドセル等における蓋止め装置を使用したランドセルを製造、販売することを差止める権利を有しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 被告株式会社三協総業(以下、「被告会社」という。)は、次の(1)の実用新案権(以下、「甲実用新案権」といい、その考案を「甲考案」という。)を、被告薗部照夫、同薗部喜弘、同薗部秋夫(以下、「被告薗部ら」という。)は、次の(2)の実用新案権(以下、「乙実用新案権」といい、その考案を「乙考案」という。)を、それぞれ有している。

(1)  考案の名称 ランドセル等の蓋止め装置

出願日 昭和42年7月31日(前特許出願日援用)

出願公告日 昭和48年6月26日

登録日 昭和54年8月30日

登録番題 第1301896号

(2)  考案の名称 ランドセル等の蓋止め装置

出願日 昭和42年7月31日

出願公告日 昭和50年4月7日

登録日 昭和51年10月30日

登録番号 第1147351号

2  原告は、別紙目録記載のランドセル等における蓋止め装置(以下、「本件物件」という。)を使用したランドセルを製造、販売している。

3  被告らは、原告が製造した本件物件を使用したランドセルの販売先である訴外竹腰良次郎、同大隈新次、同油谷啓助に対し、昭和54年9月21日付書面で、また同秋山優に対し同年9月26日付書面で、被告会社の甲実用新案権及び被告薗部らの乙実用新案権に基づき、本件物件を使用したランドセルの販売は、甲、乙各実用新案権の侵害であるとして、右販売の中止等を要求する旨の警告をした。

4  よって、原告は、被告らに対し、主文第1項記載のとおりの判決を求める。

2 請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3の事実は認める。

3  答弁

1 本件物件は、甲考案の技術的範囲に属する。

(1)  甲考案の願書に添付した明細書(補正後のもの、以下、「甲明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。

「ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装するとともに、この永久磁石の配置の縦中心線上に非磁性材製の軸杆を回転自在に支承位置させ、その上端部に摘部を設け、一方ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には、上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔を、その中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けてなることを特徴とするランドセル等の蓋止め装置」

(2)  甲考案の構成要件はん次のとおりである。

(1) ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装していること。

(2) この永久磁石の配置の縦中心線上に、非磁性材製であって、かつ上端部に摘部を設けた軸杆を回転自在に支承位置させていること。

(3) ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には、上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔を、その中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けていること。

(4) 以上を特徴とするランドセル等の蓋止め装置であること。

(3) 甲考案の目的は、「蓋止め装置として磁石の吸引力を利用したものが既に知られているが、蓋止めを完全強固にするのに充分な磁力を使用している場合は特に学童がその吸引力に抗し開蓋するのに困難を伴なうとともに、また上記開蓋を容易に行ない得る程度の吸引力を有するにすぎない磁力を使用している場合には不自然に開蓋してしまう等の欠点がある」のを解消することにあり、その効果は、①「掛止板は永久磁石の磁力により固定板に向って吸着されるとともに軸杆の摘部が嵌合孔と直交する関係に位置するによりそれに係止されるから、永久磁石による吸着力をさほど強力にする必要がないのは勿論、何等かの原因で上記吸着力が作用しなくなったときでも上記摘部により係止されるので、不自然に開蓋することがないものである」ことと、②「上端に摘部を有する軸杆を永久磁石の配置の縦中心線上に支承位置させ、かつまた上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔をその中心点を掛止板の中心線に一致させて設けているから、嵌合孔を摘部に嵌合する操作を通じ、掛止板をそれと永久磁石の配置とをたがいの位置を食い違わすことなくもっとも効果的なところに正確に吸着させることができる」ことにある。

(4) 甲考案と本件物件との対比

(1) 本件物件とは、ランドセル、鞄等本体に取付ける非磁性金属板製の機筐(1)の内側に、フエライト磯石体(9)、(9)'を配置した構造を有している。

この機筐(1)及びフエライト磁石体(9)、(9)'は甲考案の「固定板」及び「永久磁石」に該当し、したがって本件物件の右構造部分は、甲考案の構成要件(1)を充足する。

(2) 本件物件は、フエライト磁石体(9)、(9)'の配置の縦中心線から少しく(軸(4)の直径とほど同じ長さ)離隔した位置に、上端部に摘部(6)を有する非磁性材製の軸(4)を機筐(1)の上面に形成した係合膨隆部(2)の中央の通孔(3)に捻回自在に挿入支承させた構造を有している。

右軸(4)は甲考案の「軸淹」に該当し、かつ、その軸(4)の前記支承位置は以下の理由により甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」と同一視できる位置であって、その縦中心線上と実質的に変るところがないから、本件物件の右構造部分は、甲考案の構成要件(2)を充足する。

すなわち、本件物件の摘部(6)に係合孔(12)あるいは(12)'を一致させつつ嵌合操作をし、その係合孔(12)あるいは(12)'を係合膨隆部(2)に嵌合すると、掛具(ロ)はフエライト磁石体(9)、(9)'の磁力により当該位置に的確に吸着せられるもので、軸(4)とフエライト磁石体(9)、(9)'との前記程度の位相のずれは、係合膨隆部(2)に係合孔(12)あるいは(12)'を嵌合させた掛具(ロ)をフエライト磁石体(9)、(9)'の磁界外におくものでないのはもちろん、掛具(ロ)と摘部(6)による機械的な係止のほかにフエライト磁石体(9)、(9)'による磁気的係止にも差異をもたらすものではない。掛具(ロ)に作用する磁力が仮に左右不均衡であるとしても、その掛具(ロ)をフエライト磁石体(9)、(9)'と対応関係位置におき、その吸引力で磁気的に係止するものである以上、本件物件は、甲考案と同じ目的を達成し、同じ効果を挙げるものであり、軸(4)の右支承位置は甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」と同一視できる位置である。

(3) 本件物件は、ランドセル、鞄等の蓋体側に取付けるようにした磁性材製の掛具(ロ)に、2個の係合孔(12)、(12)'を、同係合孔(12)、(12)'の縦中心線が掛具(ロ)の縦中心線と一致するようにして開設し、この係合孔(12)、(12)'のいずれか一方を係合膨隆(2)に嵌合し、かつ摘部(6)を捻回することにより、その係合膨隆部からの抜去を阻止できる構造を有している。

右掛具(ロ)及び係合孔(12)、(12)'は、甲案の「掛止板」及び「嵌合孔」に該当し、したがって、本件物件の右構造部分は、甲考案の構成要件(3)を充足する。

(4) 本件物件は、以上の構造であることを特徴とするランドセル等の蓋止め装置であるから、甲考案の構成要件(4)を充足する。

(5) したがって、本件物件は、甲考案の構成要件のすべてを充足し、また、甲考案と同じように礎石の吸着力だけを利用した蓋止め装置の欠点を解消するという目的を達成できることが明白であり、更に①掛具(ロ)を機筐(1)に向けフエライト磁石体(9)、(9)'の磁力で吸引させて係止状態とすることのほかに、上記機筐(1)に支承位置させた軸(4)の摘部(6)を上記掛具(ロ)の係合孔(12)、(1(2)')に直交する関係に位置させることによっても機筐(1)に係止させることができ、②また係合孔(12)、(12)'を摘部(6)に嵌合する操作を通じ、掛具(ロ)を、それとフエライト磁石体(9)、(9)'の配置との予め設定している関係位置に食い違わすことなく、予定しているもっとも効果的なところに正確に吸着させることができるという、甲考案の前記(3)①、②と同じ効果を奏することができるものであるから、甲考案の技術的範囲に属する。

(5) 仮に、本件物件の軸(4)の支承位置が甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」と同一視できず、構成要件(2)を充足しないとしても、本件物件の軸(4)の支承位置が、フエライト磯石体(9)、(9)'の配置の縦中心から少しくずれている構成が、甲考案の軸杆を「永久磁石の配置の縦中心線上」に支承位置させている構成と、甲考案の目的及び作用効果において同じであることは前記(4)(2)、(5)のとおりであり、かつそのように関係位置を置換すること自体は、甲考案の出願時における当業者ならば、甲考案の構成の記載から当然に想到し得る程度のいわゆる置換容易なものであるから、甲考案の右構成と本件物件の右構成とは均等であり、したがって本件物件は甲考案の技術的範囲に属する。

2 本件物件は、乙考案の技術的範囲に属する。

(1) 乙考案の願書に添付した明細書(以下、「乙明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。

「ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装してその下面をカバーで覆うとともに、上記固定板の縦中心線上に、上端部に摘部を有する非磁性材製の軸杆を回転自在に挿通支承し、その軸杆の下端部にはそれを少なくとも強制回転位置に規制し空転を防止するばねを作用させ、一方ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔を、その中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けてなることを特徴とするランドセル等の蓋止め装置」

(2) 乙考案の構成要件は、次のとおりである。

(1) ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装してその下面をカバーで覆っていること。

(2) 上記固定板の縦中心線上に、上端部に摘部を有する非磁性材製の軸杆を回転自在に挿通支承していること。

(3) 上記軸杆の下端部にはそれを少なくとも強制回転位置に規制し空転を防止するばねを作用させていること。

(4) ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔を、その中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けていること。

(5) 以上を特徴とするランドセル等の蓋止め装置であること。

(3) 乙考案の目的は、前記の甲考案の目的と同一であり、その効果としては、「掛止板は永久磁石の磁力により固定板に向って吸着されるとともに軸杆の摘部が嵌合孔と直交する関係に位置するによりそれに係止されるから、永久磁石による吸着力をさほど強力にする必要がないのは勿論何等かの原因で上記吸着力が作用しなくなったときでも上記摘部により係止されるので、不自然に開蓋することがないものである」ことと、「上端部に摘部を有する軸杆の下端部にその軸杆を少なくとも強制回転位置に規制し空転を防止するばねを作用させてあるにより、特に掛止板の嵌合孔に直交する関係に摘部を位置させるべく軸杆を強制回転したとき、軸杆はその回転位置に規制され空転を防止されるので、振動等が原因で摘部が回動し不用意に掛止板を外してしまうようなおそれがないものである」こととがある。

(4) 乙考案と本件物件との対比

(1) 本件物件は、ランドセル、鞄等本体に取付ける機筐(1)の内側に、フエライト磁石体(9)、(9)'を配置し、その下面をほぼ同長の抱持部材(11)で覆う構造を有している。

右機筐(1)、フエライト磁石体(9)、(9)'及び抱持部材(11)は乙考案の「固定板」、「永久磁石」及び[カバー」に該当し、したがって本件物件の右構造部分は、乙考案の構成要件(1)を充足する。

(2) 本件物件は、機筐(1)の縦中心線上に、上端部に摘部(6)を有する軸(4)を捻回自在に挿入している構造を有している。

右軸は乙考案の「軸杆」に該当し、したがって本件物件の右構造部分は乙考案の構成要件(2)を充足する。

(3) 本件物件は、機筐(1)の係合膨隆部(2)に一部を嵌入させたばね箱(8)内に収納した板ばね(7)、(7)'を上端部に摘部(6)を有する軸(4)の角形部(角軸(5))に弾接させた構造を備えている。

右角形部(角軸(5))は、その下側端末が、抱持部材(11)と座金に挿通してかしめられ、ばねを装架するだけの余裕を残していないとともに、右下側端末に板ばね(7)、(7)'の作用力が当然に及ぶのであるから、軸(4)の下端部とみなしうる部分というべきである。そして、板ばね(7)、(7)'は、軸(4)を強制回転位置に規制し空転を防止する作用を営んでいるのであるから、右構成は、乙考案の構成要件(3)と実質的に同一の構成であり作用効果も同一である。よって、構成要件(3)を充足する。

(4) 本件物件は、ランドセル、鞄等の蓋体側に取付けるようにした磁性材料製の掛具(ロ)に、2個の係合孔(12)、(12)'を、同係合孔(12)、(12)'の縦中心線が掛具(ロ)の縦中心線と一致するようにして開設し、この係合孔(12)、(12)'のいずれか一方を係合膨隆部(2)に嵌合し、かつ摘部(6)を捻回することにより、その係合膨隆部(2)からの抜去を阻止できる構造を有している。

右掛具(ロ)、係合孔(12)、(12)'は、乙考案の「掛止板」、「嵌合孔」に該当し、したがって本件物件の前記構造部分は乙考案の構成要件(4)を充足する。

(5) 本件物件は、以上の構造であることを特徴とするランドセル等の蓋止め装置であるから、乙考案の構成要件(5)を充足する。

(6) したがって、本件物件は、乙考案の構成要件のすべてを充足し、また乙考案と同一の目的を達成しかつ同一の効果を挙げることができるものであるから、乙考案の技術的範囲に属する。

(5) 原告は、乙考案の「強制回転位置に規制し空転を防止する」という記載は構成上明瞭でないとの理由をあげて、乙考案のばねは、乙明細書に実施例として開示されている下降勢力を有するもの、すなわち軸杆の回転位置の規制を連続的にできるものに限定されるのに対し、本件物件の板ばねは、クリックモーション作動を起すもの、すなわち軸(4)の回転位置の規制を間欠的にしかできないもので、両者は構成を異にする旨主張する。しかし、構成要件(3)の「強制回転位置に規制し空転を防止する」との文言が軸杆に作用させるばねを修飾する文言であることは明らかであり、したがって、構成要件(3)に示すばねは軸杆を強制回転位置に規制し空転するのを防止する作用を営む構成のものであれば足りる。そして、乙考案出願前に公知の右作用を営む構成のばねとしては、乙明細書に実施例として示されている螺旋状のもので軸をその軸線方向に付勢するもののほか、本件物件に用いられている板状のものを軸の側面に圧接するものが最も典型的なものであったのであるから、本件物件の板ばねは乙考案のばねに該当する。原告の主張は失当である。

3 よって、本件物件は、甲、乙各考案の各技術的範囲に属するから、被告会社は甲実用新案権に基づき、被告薗部らは乙実用新案権に基づき、本件物件を使用したランドセルの製造、販売を差止める権利を有する。

4  抗弁に対する認否及び反論

1 認否

(1)  抗弁1(1)ないし(3)の事実は認める。

同(4)(2)のうち、本件物件が被告らの主張のとおりの構造であることは認め、その余の事実は否認する。

同(4)(5)の事実は否認する。

同(5)の事実は否認する。

(2)  同乙(1)ないし(3)の事実は認める。

同(4)(3)のうち、本件物件が被告ら主張のとおりの構造であることは認め、その余の事実は否認する。

同(4)(6)の事実は否認する。

2 反論

(1)  抗弁1(4)(2)、(5)及び(5)に対し

(1) 本件物件においては、軸(4)がフエライト磁石体(9)、(9)'の配置の横幅において2対1の率で横方向に偏倚している。これをもって、「永久磁石の配置の縦中心線上」に軸杆を支承位置させたといえないことは明らかである。

(2) 被告らは、本件物件は、軸(4)の支承位置がフエライト磁石体(9)、(9)'の配置の縦中心線から少しくずれているが、甲考案の場合と同じ目的を達し、同じ効果を挙げる旨主張する。

しかし、甲考案は、固定板の下面に配置固装した永久磁石と掛止板とをそれぞれの縦中心線が合致する状態で吸着し合うように両中心線上に嵌労孔と軸杆を設定し、よって両者の係合を極めて効果的になし得るようにしたものであるのに対し、本件物件は、軸(4)をフエライト磁石体(9)、(9)'の縦方向の中心線上より側方に偏倚させて配置したものであるから、「掛具(ロ)を機筐(1)の係合膨隆部(2)に近付けると、掛具(ロ)の縦中心線が、機筐(1)の表面において係合膨隆部(2)より横方向に偏して存在するフエライト磁石体(9)、(9)'の縦中心線と一致する個所に吸着されるので、掛具(ロ)の縦中心線上に開設せる係合孔(12)、(12)'が上記の係合膨隆部(2)より横方向にずれて、位置に食い違いを生ずる」という作用効果上の弱点がある反面、「掛具(ロ)が係合膨隆部(2)に係合されている状態においては、掛具(ロ)の縦中心線の左右に均一の磁力が作用せず、掛具(ロ)の左右の側辺のうちフエライト磁石体(9)、(9)'の中心線に近い側辺が他辺より強い磁力を受ける結果となるので、掛具(ロ)を上記の係合膨隆部(2)より外す場合、手指をもって掛具(ロ)の前端縁を摘持し、掛具(ロ)の強い磁力を受けている側辺を下方に押圧するとともに、弱い磁力を受けている側辺を上方に浮かす、いわば横上方へのこじり操作を加えることにより、掛具(ロ)を他のいかなる操作よりも容易に機筐(1)の表面より剥離することができる」という甲考案に見られぬ作用効果上の利点がある。してみると、両者の目的及び作用効果を同一であるとする被告らの前記主張は理由がない。

(2)  抗弁2(3)に対し

(1) 一般に、回転軸をばねでもって強制回転位置に規制しその空転を防止するについては、公知の数多くの形式が乙考案の出願以前から存在した。乙明細書の実用新案登録請求の範囲には「その軸杆の下端部にはそれを少なくとも強制回転位置に規制し空転を防止するばねを作用させ」との記載が、同じく同明細書の考案の詳細な説明には「13は軸杆bにその下端係止部12とカバー9間において捲装したばねで、これにより、軸杆b自体に下降勢力を与える作用と軸杆bを強制回転位置に規制し空転するのを防止する作用とを営むもので」との記載があり、これらの記載に徴すると、乙考案は、前記の公知の形式のうち、「軸杆の下端部にばねを作用させる」形式、すなわた、乙明細書記載の実施例に示されているように「軸杆bの下端部に係止部12を設け、この係止部12とカバー9との間にばねを捲装する」形式を選択し、他の公知の形式、例えば本件物件における「軸(4)のほぼ中段部を角軸(5)とし、機筐(1)の下面において角軸(5)の両側に同角軸(5)を常時押圧してこの角軸(5)にクリックモーション作動を付与する一対の板ばね(7)、(7)'をばね箱(8)内に収納して配装する」という形式を、ことさらに実用新案登録請求の範囲から除外したものといわなければならない。もし、乙考案において、軸杆にその位置関係を問わずばねを作用させて同軸杆を強制回転位置に規制し空転を防止するという技術思想があるのであれば、それに適合した表現、例えば単に「軸杆にばねを作用させる」との表現をとるべきで、ばねを作用させる個所を「軸杆の下端部」というように限定すべきではない。また、本件物件の右構成は、乙考案の前記構成に比して軸(4)の空転を一層確実に防止することができるという作用効果を有する。したがって、本件物件の右構成は、乙考案の構成と相違し、作用効果も相違する。

(2) 乙考案の作用新案登録請求の範囲の「強制回転位置に規制し空転を防止する」との記載は、機能を表現しているもので、作用効果的記載であり構成上明瞭ではない。また、乙明細書上も、その考案の詳細な説明には「13は軸杆bにその下端係止部12とカバー9間において捲装したばねで、これにより軸杆b自体に下降勢力を与える作用と軸杆bを強制回転位置に規制し空転するのを防止する作用とを営むもので、上記の下降勢力によって腕片11は常に嵌合凹処7の表面に接触するようにしてある。」という記載があるが、それ以外にはばねの機能について格別説明されていない。そこで右明細書の記載を参酌すると、乙考案のばねは、下降勢力によって腕片11に常時接触圧を発生させる機能を有するもの、すなわち強制回転位置の規制が連続的にできるものと解することができる。これに対し、本件物件の板ばね(7)、(7)'は軸(4)の角軸(5)の部分とでクリックモーション作動を起すもの、すなわち強制回転位置の規制は間欠的にしかできないものであり、乙考案の場合とは自然法則の利用態様を異にしている。したがって、乙考案の構成要件(3)に関し、乙考案と本件物件とは構成を異にしたものであり、このように自然法則の利用態様が異なる以上、両者を実質同一であり、両者間に作用効果上の相違はないとする被告らの主張は理由がない。

第3証拠

1  原告

1 甲第1ないし第4号証、第5号証の1ないし3、第6号証の1・2、第7、第8号証

2  乙号各証の成立はいずれも認める。

2  被告ら

1 乙第1ないし第5号証

2 甲号各証の成立は、第5号証の1ないし3の原本の存在を含め、いずれも認める。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで抗弁1について判断する。

1 抗弁1(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがない。

2 右当事者間に争いのない甲考案の実用新案登録請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第1号証(甲考案の実用新案公報)、乙第1号証(同訂正公報)の記載を総合すると、甲考案は、次の構成要件からなるものと認められる。

(1)  ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装すること。

(2)  この永久磁石の配置の縦中心線上に、上端部に摘部を設けた非磁性材製の軸杆を回転自在に支承位置させること。

(3)  ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には、上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔をその中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けること。

(4)  以上を特徴とするサンドセル等の蓋止め装置であること。

3  前記当事者に争いのない本件物件の構成によれば、本件物件は、2本の角棒状フエライト磁石体(9)、(9)'の配置の縦中心線より軸(4)の直径とほぼ同じ長さだけ横方向にずれて、上端部に摘部(6)を有する軸(4)を位置させる構成であると認められ、したがって、本件物件は、甲考案とは、磁石に対する軸の支承位置を異にする構成であって、甲考案の構成要件(2)の「永久磁石の配置の縦中心線上に…軸杆を…支承位置させる」との要件を充足しない。

4  この点につき被告らは、本件物件の右構成は、甲考案の目的及び作用効果の点で甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」に軸杆を支承位置させる構成と同一であるから、本件物件の右軸の支承位置は甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」と同一視できるもので、実質的に変るところがなく、甲考案の構成要件(2)を充足し、仮に充足しないとしても、置換容易であるから均等であると主張する。

しかし、前掲甲第1号証によれば、甲明細書の考案の詳細な説明には、甲考案の作用効果の記載として「本考案は上端に摘部を有する軸杆を永久磁石の配置の縦中心線上に支承位置させ、かつまた上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔をその中心点を掛止板の中心線に一致させて設けているから、嵌合孔を摘部に嵌合する操作を通じ、掛止板をそれと永久磁石の配置とをたがいの位置を食い違わすことなくもっとも効果的なところに正確に吸着させることができる」との記載があることが認められ、したがって、甲考案は、構成要件(2)の上端に摘部を有する軸杆を永久磁石の配置の縦中心線上に支承位置させることと、構成要件(3)の上記摘部を通過させる嵌合孔をその中心点を掛止板の中心線と一致させる構成により、右永久磁石のもつ磁力の最も効果的な利用を企図したものと解される。これに対し、前記本件物件の構成によれば、本件物件においては、右に認定した軸(4)の支承位置に関する構成とともに、摘部(6)を経て係合膨隆部(2)に択一的に嵌合し得る2個の係合孔(12)、(12)'を同係合孔(12)、(12)'の縦中心線が掛具(ロ)の縦中心線と一致するように開設する構成をとっており、したがって、右係合孔(12)、(12)'のいずれか一方を摘部を経て係合膨隆部(2)に嵌合させた場合、掛具(ロ)は、その縦中心線がフエライト磁石体(9)、(9)'の縦中心線と一致せず、フエライト磁石体(9)、(9)'に対し、横方向に軸(4)の直径とほぼ同じ距離だけ偏って位置することになり、右磁石体のもつ磁力は最も効果的には利用されていないことが認められる。したがって、本件物件の右軸(4)の支承位置に関する構成は、甲考案の「永久磁石の配置の縦中心線上」に軸杆を支承配置する構成の企図する前記作用効果を奏するものということはできず、両構成を同一視ないし実質的に変ることがないということはできず、均等ということもできない。したがって、被告らの右主張は理由がない。

5  以上のとおり、本件物件は、甲考案の構成要件(2)を充足せず、また、これと均等といえないものであるから、その余の点につき判断するまでもなく、甲考案の技術的範囲に属しない。

3 次に抗弁2について判断する。

1 抗弁2(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがない。

2 右当事者間に争いのない乙考案の実用新案登録請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第2号証(乙考案の実用新案公報)の記載を総合すると、乙考案は、次の構成要件からなるものと認められる。

(1)  ランドセル等の本体に固定する固定板の内側に永久磁石を配置固装してその下面をカバーで覆うこと。

(2)  上記固定板の縦中心線上に、上端部に摘部を有する非磁性材製の軸杆を回転自在に挿通支承すること。

(3)  上記軸杆の下端部にはそれを少なくとも強制回転位置に規制し空転を防止するばねを作用させること。

(4)  ランドセル等の蓋板に取付ける導磁性材製の掛止板には上記摘部を通過させるのに充分な大きさの嵌合孔を、その中心点を掛止板の縦中心線上に一致させて設けること。

(5)  以上を特徴とするランドセル等の蓋止め装置であること。

3 前記当事者間に争いのない本件物件の構成によれば、本件物件は、機筐(1)の上面の係合膨隆部(2)の中央に設けた通孔(3)に捻回自在に挿入した軸(4)のほぼ中段部を角軸(5)とし、機筐(1)の下面において角軸(5)の両側に同角軸(5)を常時押圧してこの角軸(5)にクリックモーション作動を付与する一対の板ばね(7)、(7)'をばね箱(8)内に収納して配装し、その下面において軸(4)の下端を抱持部材(11)の中心に設けた通孔に軸承する構成であると認められ、したがって、本件物件は、軸(4)のほぼ中断部に板ばねを作用させる点において、乙考案とばねを作用させる位置を異にし、乙考案の構成要件(3)の「軸杆の下端部に・・・ばねを作用させる」との要件を充足しない。

4 その点につき、被告らは、本件物件において板ばね(7)、(7)'を弾接させている角軸(5)は軸(4)の下端部とみなしうる部分であると主張し、その理由として、角軸(5)の下側端末が、抱持部材(11)と座金に挿通してかしめられ、ばねを装架するだけの余裕を残していないとともに、板ばね(7)、(7)'の作用力は、当然右の下側端末にも及び軸(4)を強制回転位置に規制し空転を防止していることをあげる。

しかし、本件物件の前記構成によれば、被告らが角軸(5)の下側端末と主張する部分は軸(4)の下部であると認められ、また、この部分にばねを装架する余地がないことをもって角軸(5)が軸(4)のほぼ中段部にあたることを否定することはできないことも明らかである。

板ばね(7)、(7)'の作用力が軸(4)の下部にも及ぶということを理由とする点については、乙考案においてばねを軸杆に作用させる目的は、その構成要件(3)から明らかなとおり、軸杆を強制回転位置に規制し空転を防止することにある以上、いかなる形式のばねを用い、またそれを軸杆のいかなる部位に作用させようともばねの作用力が軸杆の全体、したがってその下端部にも及ぶことは当然のことであるから、右被告らの主張によるとすれば、乙考案の実用新案登録請求の範囲に「軸杆の下端部には・・・ばねを作用させ」と記載し、ばねを作用させる位置を軸杆の下端部と特定した意味がなくなることになるといわなければならず、被告ら主張のような解釈はとり得ないことが明らかである。

本件物件のとる軸杆の中段部に板ばねを配装しこれを常時押圧して軸杆にクリックモーション作動を与えるばねの構造が、乙考案の出願前公知であったことは当事者間に争いがないところ、もし仮に、乙考案の出願人が右公知の本件物件のとる軸杆の中段部にばねを作用させる構成をも乙考案の対象として考慮していたとすれば、この構成をも考案の対象として含むように実用新案登録請求の範囲の記載を「軸杆の中段部もしくは下端部には・・・ばねを作用させ」あるいは「軸杆には・・・ばねを作用させ」と記載することが容易にできたものと認められるのに対し、前掲甲第2号証によれば、乙明細書の実用新案登録請求の範囲には「軸杆の下端部に・・・ばねを作用させ」と記載され、また考案の詳細な説明においても、軸杆の下端部にばねを作用させる構成のみが説明され、軸杆の下端部以外の位置にばねを作用させる構成についての説明は全くなく、これを示唆するような記載もないことが認められるのであって、これらの事実を併せ考えれば、乙考案は、軸杆を強制回転位置に規制し空転を防止するばねのうち、ばねの作用位置を、軸杆の下端部とするもののみを考案の対象とするものとして出願され、登録されたものと認めるほかはない。

被告らの前記主張は採用できない。

5 そうすると、本件物件は、乙考案の構成要件(3)を充足しないから、その余の点について判断するまでもなく、乙考案の技術的範囲に属しない。

4 以上のとおりであるから、被告会社が甲実用新案権、被告薗部らが乙実用新案権に各基づき、原告が本件物件を使用したランドセルを製造、販売することを差止める権利を有しないことの確認を求める原告の各請求はいずれも理由がある。

よって、原告の本訴各請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第93条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋 清水篤 設楽隆一)

〈以下省略〉

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